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大阪高等裁判所 昭和50年(う)376号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。被告人において右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小松英宣作成名義の控訴趣意書及び同補充書記載のとおりであるから、これらをここに引用して次のとおり判断する。

所論の要旨は、原判決は被告人が廃油を不法投棄して水道管を損壊したという観念的競合の罪につき有罪判決をしたが、被告人はさきに原判決掲載の確定裁判の際に本件犯行についての証拠をも併せ取り調べられたうえ本件犯行の存在の故に重く量刑されたものであるから、本件公訴は憲法三九条に違反し公訴権の濫用として公訴棄却されるべきであつたか或は確定裁判を経たものとして免訴されるべきであつたので、原判決は法令の解釈適用を誤り破棄を免がれないというのである。

よつて本件記録を精査すると、被告人は昭和四八年四月山浦俊雄と廃油処理で儲けることを相談し共に大阪府枚方市田の口一六六四番地文化住宅に移り住み五月上旬右住宅附近の空地に縦約九メートル横約七メートル深さ約二メートルばかりの素堀りの穴をつくり同月中旬頃大阪市大正区鶴町の油槽所から前後二〇回ばかりバキュームカーにより廃油合計約一六万二〇〇〇リットルを右穴に引き取り以て無許可で廃棄物収集業を営み、その頃右の穴が直ぐ充満したので大阪府下各地の用水路、貯炭場及びマンホールなどのほか原判示水道管敷設溝に前後八回にわたり合計約一〇万リットルの廃油を投棄したが、結局指定数量以上の危険物たる廃油約六万リットルを右の穴に貯蔵することになつた。

そして被告人は間もなく同年五月二五日大阪府の枚方警察署に逮捕され、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一四条一項、二五条に該る無許可収集業の点ならびに消防法一〇条一項、四一条一項二号に該る危険物貯蔵の点のほか廃棄物の処理及び清掃に関する法律一六条一号、二七条に該る前後八回の廃油不法投棄の点についても取調を受け、殊にこの不法投棄については被告人の自供に基づき各投棄現場に臨んで逐次指示説明と写真撮影がなされて捜査復命書が作成されるとともに被告人自らの手によつて廃油不法投棄状況一覧表が作成され同表記載の前後八回の投棄の経緯についての司法警察員に対する供述調書が作成されたうえ、結局大阪地方裁判所には無許可収集営業の点と消防法違反の点とのみが起訴されるにとどまつたもののその審理の過程で右不法投棄に関する証拠書類も証拠調がなされて、同地方裁判所は昭和四八年一一月二八日言渡した判決中の量刑についてと題する欄において廃油不法投棄の所為についても論及し、所論摘録のとおり、「……さらに約一〇万リットルの廃油を用水路、第三者所有地内の貯炭場、市街地のマンホール等に投棄するなどして著しい汚染を招き幸い火災などの事態の発生に至らなかつたものの附近住民に多大の衝撃を与え汚染処理に莫大な費用の投入を余儀なくさせるなど不法の限りをつくしたもので……世論に挑戦するものとしてその責任は極めて重いと考えなければならず……あえてその刑を猶予すべきものでないと認めた」と判示して懲役一〇月および罰金一〇万円に処し、この裁判は昭和四九年五月一一日確定した。

ところが、右廃油不法投棄の場所八箇所のうち一箇所は京都府下木津警察署内の水道管敷設工事現場であつたためか、投棄の翌日たる昭和四八年五月一四日直ちに京都府水道建設事務所長から同署に届出が為され次いで同年六月七日付で告訴も為されて同署は被告人が同年五月二五日枚方警察署に逮捕されるや直ちに同署との間で連絡協議を為したものの、この水道管敷設溝への廃油投棄と、よつて惹起した水道管汚染の器物損壊の点につき捜査を遂げて送致した結果京都地方裁判所に対する本件公訴提起を経て原判決となつたものであること、大綱以上のとおりの経緯が認められる。

所論は原判決は既に確定判決を経た犯罪について刑罰を科したもので憲法三九条後段違反により破棄を免がれないというが、前記のとおり大阪地方裁判所における確定判決を経た罪となるべき事実は無許可で廃棄物収集業を営んだ所為と指定数量以上の危険物を貯蔵した所為とであるのに対し京都地方裁判所の原判決認定の罪となるべき事実は廃棄物不法投棄と器物損壊の所為であつて、前者と後者とは別個の犯罪事実で併合罪の関係に立つべきものであるから、前者について為された確定判決の既判力ないし一事不再理の効力が後者にまで及ぶいわれはなく、従つて所論憲法三九条後段違反の主張はその前提において既にその理由がないといわざるを得ない(最高裁判所昭和二七年(あ)第二四一六号同年九月一二日第二小法廷判決、集六巻八号一〇七一頁参照)ものの如くである。

しかしながら、前記のとおり、右確定判決の審理においてはその公訴犯罪事実たる無免許の廃棄物収集業を営んだ事実及び危険物貯蔵の事実についての証拠のほかに犯情の証拠として前後八回の不法投棄の具体的事実を認めるに足る自供調書と補強証拠とが取り調べられたうえ前摘録の如き量刑欄の説示となつたことに徴すると、大阪地方裁判所に起訴されなかつた前後八回の不法投棄の事実が量刑のための一情状として考慮されたというよりはむしろ概括的であるにせよ実質上これを処罰する趣旨で認定され量刑の資料として考慮され特に執行を猶予すべからざる事情として参酌されて重い刑を料されたというほかなく(最高裁判所昭和四〇年(あ)第八七八号同四一年七月一三日大法廷判決、集二〇巻六号六〇九頁、同裁判所昭和四〇年(あ)第二六一一号同四二年七月五日大法廷判決、集二一巻六号七四八頁参照)、かかる場合には右大阪地方裁判所の確定判決の既判力はとも角として被告人のための二重の危険の禁止としての一事不再理の効力は廃棄物不法投棄の事実にも及ぶと解するのが相当である。而して、右確定判決の一事不再理の効力が及ぶと解すべき廃油不法投棄のうちの一部である原判示水道管敷設溝への不法投棄の所為がまさにその廃油による上水道管二五本の汚染による損壊の所為と観念的競合の関係にある以上、科刑上一罪と認められる原判示犯罪事実全体にまで右一事不再理の効力が及ぶと解する余地があるものの如くである。しかしながら、既判力ないし一事不再理の効力は同時審判の可能性の故に訴因を超えて公訴事実全体に及ぶと解される丈のことであるから、偶々確定裁判において余罪として認定され量刑に考慮された事実にも一事不再理の効力が及ぶと解すべき場合であつても、その事実と科刑上一罪の関係にある事実でも凡そ同時審判の可能性はありえない以上これにまで一事不再理の効力が及ぶと解すべき根拠はなくその可罰的評価までも不問に付されて然るべき理はさらに無い筈である。従つて、確定判決の一事不再理の効力は結局原判決認定の本件公訴事実のうち廃棄物不法投棄の点には及んでいると解すべきであるが、器物損壊の点には及んでいないと解すべきである。

しからば、原判決が廃棄物不法投棄の点について更に有罪の言渡をしたのは刑事訴訟法三三七条一号に違反しその違反が判決に影響を及ぼすこと明らかであるとともに憲法三九条後段に違反したものというほかなく、論旨はこの限度で理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に従つて原判決を破棄し同法四〇〇条但書により更に判決する。

(罪となるべき事実)

当裁判所の認定した罪となるべき事実は次のとおりである。

被告人は山浦和一郎と共謀のうえ、昭和四八年五月一三日午後一〇時頃から約三〇分間にわたり、京都府相楽郡精華町大字下狛小字綾免田所在の京都府企業局水道建設事務所長井上周一が管理し施行中の京都府第二山城水道建設事業送水管田辺線管敷設工事現場の上水道管埋設溝に廃油約九〇〇〇リットルを流し、埋設中の上水道管二五本(時価合計一六八万九八〇〇円相当)を汚染して使用不能にし、もつて右井上管理にかかる器物を損壊したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(確定裁判)

なお被告人は、昭和四八年一一月二八日大阪地方裁判所において廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反、消防法違反の罪により懲役一〇月及び罰金一〇万円に処せられ、右裁判は昭和四九年五月一一日確定したもので、この事実は検察事務官作成の前科調書によつて認められる。

(法令の適用)

被告人の判示所為を法令に照らすと、刑法六〇条、二六一条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、被告人には右確定裁判があり、これと判示所為とは刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条により未だ裁判を経ない判示所為につき処断すべく、所定刑中罰金刑を選択しその所定罰金額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し被告人において右罰金を完納することができないときは同法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととし、尚、本件公訴事実中廃棄物不法投棄の点については被告人は前説示のとおり既に確定判決を受けているので刑事訴訟法三三七条一号により免訴すべきところ一罪の一部に関するので特にその言渡はしない。

よつて主文のとおり判決する。

(細江秀雄 深谷真也 近藤和義)

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